Masuk「で? 何を始めるって?」
怒りが収まったのか、相沢さんが理沙さんにたずねた。
「本音の語らいですよ。やる事やってるのに、ちゃんと話し合ってないみたいじゃないですか。だから、今日この場で、腹割って話せばいいんじゃないかなって」
と、理沙さんが告げる。
彼女が話している途中から、相沢さんの表情は曇り、南波さんは恥ずかしそうにはにかんでいる。
「……どうして、それを?」
静かに問いかける相沢さんの視線は、理沙さんに向けられているはずなのに、どこか虚空を見つめているようにも見えた。
理沙さんは、少し困ったように僕を見る。
僕は小さくうなずくと、
「僕が、彼女に相談したんです」
と、相沢さんの質問に答えた。
「佳晴さんが……?」
と、相沢さんと南波さんの視線が僕に注がれる。
「あの時の、相沢さんの言葉の真意がわからなくて。でも、貴方に聞いたら、それ以上の
日常に戻った僕は、わくわくしながら日々をすごしていた。仕事をしていても、心の中はどこか落ち着かない。浮き足立っているのは、周囲にもバレていたようで。同僚から、何かいい事でもあったのかとたずねられることが何度かあった。その度に、曖昧に言葉を濁す。時間はあっという間にすぎて、内見当日。僕は竜希を連れて不動産屋へと向かった。窓口で内見の予約をしていると伝えると、「いらっしゃいませ。相馬様ですね? お待ちしておりました」と、長身ですらりとした男性が奥からやってきた。「あ、はい! よろしくお願いします」その男性の凛とした雰囲気に、変に緊張してしまう。「そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ。物件には、すぐにご案内いたしますから。リラックス、リラックス」彼は、優しい笑顔を浮かべる。目つきが鋭いから少し身構えてしまったけれど、案外いい人なのかもしれない。「申し遅れました。私、担当の君島と申します」と、丁寧に名刺を差し出された。「ご丁寧に、どうも」なんて、平静を装いながら受け取る。でも、内心は、やらかしたと焦っていた。普段なら、自分の名刺は持ち歩いている。でも、休日はさすがに持っていなかった。「佳晴さん、落ち着いて」大丈夫だからと、竜希が耳もとでささやく。その声音に、心は一瞬にして落ち着きを取り戻した。「どうかしましたか?」と、怪訝そうな君島さん。何でもないと取り繕うと、「それでは、私どもの車で向かいますので、こちらへどうぞ」と、店の外に案内された。駐車場を少し歩くと、真っ白な車が数台ほど停まっている。ドアの側面には、この不動産会社の社名が大きく入っていた。「助手席と後部座席に――」「いえ、俺達は後ろに乗りますので」君島さんの言葉を遮って、竜希がそう宣言した。君島さんは気分を害した風もなく、にこやかに了承してくれた。「ちょっと、竜希。どういうつもりだよ」小声
竜希の家に戻ると、彼は先ほどと同じ席に座っていた。ラフな普段着に着替えていて、髪が濡れている。その後ろ姿に、ときめいてしまった。「ただいま」平静を装いつつ声をかけて、彼の隣に座る。「あぁ、お帰り。レモネード、作り直そうか?」竜希の問いに、目の前にあるグラスに視線を向けると、レモネードが半分ほど残っている。(ゆっくり飲みたかっただけなのに、変に気を遣わせちゃったかな?)なんて思いながら、大丈夫だと答えた。「でも、もう冷たくなくなってるだろ?」「そんなに長時間、置いてたわけじゃないから大丈夫だって。それに、せっかく竜希が作ってくれたんだから、捨てるのはもったいないよ」僕がそう言うと、竜希は照れくさそうにはにかんだ。「佳晴さんがそれでいいなら、いいけど。もし飲み終わったら、速攻で作るからな」「わかったよ。それじゃあ、物件探しではずせない条件、挙げていこうか」と、パソコンを起動しメモ帳を開く。「やっぱり、駐車場は必須だよな。俺のと佳晴さんので、二台分」「そうだな。駐車しやすいとこだと、なお良しって感じかな」言いながら、メモ帳に入力していく。「佳晴さんは、何階想定で考えてる?」「そこは、特に考えてなかったな。一階だったら、割と楽だけどね」確かにと、竜希が同意する。それから、キッチンの収納やクローゼット、バス・トイレ別など、互いに譲れないこだわりを書き出していく。「俺はこんなもんだけど、佳晴さんは? 他に希望ないの?」「僕? そうだなー……風呂場とトイレは、ある程度、広い方がいいかな」「風呂場……? なんだ。そういう事なら、言ってくれればいいのに。裸のつき合い、しようぜ」妖艶な笑みを浮かべる竜希に、肩を抱き寄せられる。その色香に流されそうになるけれど、どうにか耐える。「そ、そうじゃなくて! 風呂場もト
『一緒に暮らそうか?』竜希にそう誘われてから、僕の思考は袋小路に迷い込んでいた。もちろん、とてもうれしい。うれしいのだけれど、本当にその申し出を受けていいのか、わからなくなっていた。食事中や仕事中――それこそ朝から晩まで、考えるのはそればかりで。「竜希と一緒に暮らす、か……」リビングのソファーに深く腰かけてつぶやく。彼ともっと一緒にいたい気持ちと、自分なんかで本当にいいのかという思いが、堂々巡りをくり返す。「……臆病すぎるだろ、自分」と、大きくため息を吐く。あずさとの間でも、そういう話が出たことはあった。当時は、今みたいに舞い上がっていたと思う。でも、臆病風に吹かれたのか、あずさと一緒に暮らすことはなかった。(……変われたと思ったのは、気のせいだったのかもな)なんて、自嘲する。竜希が隣にいたからこそ、勇気が出ただけなのかもしれない。『変わりたいんじゃなかったのか?』内なる自分に詰められる。うじうじしている自分を変えたいと思ったのは、嘘ではない。竜希の隣なら変われると思った。でも、一人になると、弱気な自分が顔を出す。「どうすればいいんだよ、僕は……」もう一度ため息をついて、うなだれる。(竜希……)何の気なしにスマホを手にして、竜希とのメッセージ画面を開く。そこに、明確な答えなんてあるわけもないのに。ログを遡り、やり取りを見返していく。彼の優しさが、そこかしこに散らばっていて、思わず口角が上がる。重く沈んでいた心が、わずかに軽くなった気がした。『感情で考えてもいいんじゃない?』唐突に、竜希の言葉が耳の奥に響いた。本気で変わりたいと思ったきっかけでもある。感情で考える――つまり、自分がどうしたいかということだ。(そんなの決まってる! 竜希ともっと一緒にいたい)それではどうするかと考えた時に、はたと気がついた。心は、もうとっくに竜希と一緒に暮らすことを決めていた。
「ぁ……ごめん、汚しちゃった」僕は、荒い息のまま謝罪する。僕の足先の床に、白濁の液体が水溜りのように広がっている。「あぁ、別にいいよ。後で掃除するから。それよりさ、ベッド行こうぜ」「あぇ……ベッド?」「あんたのかわいい顔見ながら、イきたい。いいだろ?」竜希は、そうささやいて僕の耳たぶを甘噛みする。「ん……っ! ぁ……少しだけ、じゃなかった?」「満足させてくれって言ったのは、あんただぜ?」くつくつと笑う竜希は、僕から自身を抜いた。「ひぅ……」ずるりと引き抜かれる感触に、思わず声が出てしまった。「こんなんじゃ、まだ足りねえだろ?」妖艶に告げる竜希に、僕は無言でうなずいた。「だよな。おいで」彼にうながされてベッドに向かうと、優しく押し倒された。「佳晴さん、かわいい。ずっと、俺だけ見てて」竜希はそう言うと、僕の返事を待たずにキスをした。優しく甘く温かいキスに、ゆっくり溶けてしまいそうだ。(僕だけ見てて、竜希……)独占欲にも似た感情が、胸の中に溢れてくる。息が苦しくなるのも構わずに、僕達は貪るようにキスをする。呼吸の一つ、唾液の一滴さえも逃したくないくらいに夢中になっていた。「んぁ……」甘くとろけた吐息が漏れた。舌もしびれている。(このまま、キスしていたい……)ぼんやりとそんな事を思っていると、竜希の唇がふっと離れた。名残惜しくて目を開けると、竜希は瞳をギラつかせていた。本能むき出しの姿に雄を感じて、心臓が跳ねる。同時に、僕自身が硬く反り勃ち、腹の奥が疼いた。「た、つき……」もたつく
注文していたピザが届くと、僕達はいつものように向かい合って食卓を囲んだ。僕の前にはアスパラとベーコンとコーンが乗ったピザが、竜希の前にはペパロニがたくさん乗ったピザが置かれている。いただきますと言って食べ始める。シャキシャキとしたアスパラの食感とベーコンの塩気、それにコーンの甘味がちょうどいい。「佳晴さんのも美味そうだな。一切れちょうだい」「いいよ。そっちの、一切れもらっても?」「もちろん」と、互いのピザの一切れを交換する。もらったピザを一口食べると、ペパロニ独特の肉の味とチーズのコクが口の中いっぱいに広がった。「これも美味しいな」「だろ? 一番好きなピザなんだよね。こっちはどうかな、と。……美味い! これ、好きだ」アスパラベーコンのピザを一口食べると、竜希の顔に満面の笑みが咲いた。「よかった、気に入ってもらえて。このピザ、僕のお気に入りなんだ」「じゃあ、よく頼むんだ?」「うん。たまに、別のを選ぶけどね。期間限定のとか、クアトロフォルマッジとか。でも、結局これに戻っちゃうんだよね」「ああ、それは確かにわかるかも。食い飽きない味だもんな、これ」言いながら、竜希はその一切れを頬張る。そんな彼を見て、ほっとすると同時に笑みがこぼれた。誰かと好きな味を共有できることが、とてもうれしい。それに、自宅で食べるピザよりも、格段に美味しい気がする。(これも、竜希と一緒だからかな)なんて、自然と彼に視線が行く。「どうしたの? そんなに見つめてくれちゃって。もしかして、もう一切れ欲しい?」小首をかしげて、竜希は自分のピザを指さした。「違うよ。竜希と一緒だから、ピザが美味しいなって思っただけ」僕は、わずかの逡巡、思ったままを伝えた。「……そっか。それなら、よかったよ」と、竜希はにやりと口角を上げる。けれど、爽やかな笑顔とも妖艶なそれとも違う。少しだけ、揶揄いが含まれているような感じがした。
カフェを出た僕達は、真っ直ぐアパートへと向かった。その間も、竜希は当然のように愛をささやいてくる。聞いているこちらが恥ずかしくなるくらいの甘い台詞だ。でも、うれしすぎて自然ににやけてしまう。「もうわかったから、やめろって」「嫌だね。俺がどれだけ佳晴さんを愛してるか、ちゃんと理解してもらわなきゃ」「理解してるから。変に嫉妬して、悪かったよ」「別に、それはいいよ。俺だって、嫉妬してもらえるのはうれしいからさ。でも、俺にはあんたしかいないの。他の奴なんかどうでもよくなるくらい、佳晴さんに惚れてるの。もう、あんたなしじゃ、生きられねえんだよ」ねっとりと告げる竜希の言葉に、僕の体は熱くなり、自身は股布を押し上げるほど主張している。(まったく、運転中なのにな……)僕は、軽く息をついた。早く彼に触れたい、抱きしめたい。焦燥感にも似た思いが込み上げ、ハンドルを握る手に力が入る。もちろん、安全運転は心がけているけれど。「なあ、竜希?」「ん? 何?」「どうして、そんなに僕を口説いてるんだ? もう堕ちてるのに」「さあ? どうしてだろうな?」他人事のように竜希が言った。ちらりと見た横顔には、困ったような笑顔が浮かんでいる。「まあでも、俺があんたに伝えたいだけだから。そんなに、重く考えなくていいんじゃねえの?」明るい口調で問いかける竜希。確かに、深刻に受け止めなくてもいいのかもしれない。「そうだな。竜希が僕を好いてくれてるんだから、それでいいか」「おう。で? 佳晴さんは?」「え、僕?」「そう。俺の事、好き?」「もちろん好きだよ。貴方の隣を、誰にも渡したくないくらいにはね」平然と言ってのける。でも、内心は、顔から火が出るほど恥ずかしかった。今まで、こんな台詞を言った事なんて一度だってなかった。なのに、竜希が相手だと、言葉が自然と溢れてくる。僕にとって、彼はすでに特別な存在になっていた。
カフェに到着した僕達は、店内の奥にある席を選んだ。周囲に他の客の姿はなく、相談事をするにはうってつけだった。とはいえ、本当に彼女に相沢さんとの事を話してしまっていいのかどうか、今更ながらに悩んでしまう。注文を取りに来た店員に、理沙さんは紅茶とイチゴのパフェを、僕はコーヒーをそれぞれ注文する。「……それで、相馬さんは、何を悩んでるんです?」店員の気配がなくなってから、理沙さんがたずねた。「それは……」口ごもる僕に、理沙さんは肩をすくめて、「まあ大方、相沢先輩との事なんだろうけど」
よそよそしい彼の作り笑いが、仕事中も脳裏にこびりついて離れない。忘れようとして、ジムで汗を流す。けれど、彼の低く甘い声が、耳の奥にこだまして、忘れさせてくれない。自宅に帰ってからも、彼の幻影は消えてはくれなかった。『佳晴さん』ふいに、彼の甘えるような声音が蘇る。「……っ!」劣情を抱えた僕は、窄まりにも手を伸ばす。彼の手つきを再現するように動かすけれど、どこか物足りない。「相沢、さんっ……!」僕は、少し強引に欲望を吐き出す。すっきりしたはず
翌日。体のだるさを引きずりながら、僕は目が覚めた。窓からは、相変わらず暖かな日差しが差し込んでいる。ふと横を見ると、相沢さんがかすかな寝息を立てている。(……きれいだよな)彼の寝顔を見ながら、僕はそんな事を思った。穏やかな寝顔を見ていると、昨夜の激しさが嘘のようだ。僕は、何の気なしに彼の髪をなでる。さらりとした質感がとても心地よくて、ずっと触っていたくなる。「ん……よしはる、さん……?」ぽやっと
自宅に戻った僕は、しばらくの間、自室でぼうっとしていた。『次の土曜日の夜に』という彼の言葉と、手の甲に触れた唇の感触が忘れられない。あの後、僕達が体を重ねることはなかった。とはいえ、緩い愛撫がエスカレートしないわけもなく、僕は彼を求めた。でも、自分でセックスはしないと言ってしまった手前、それを口にすることはできなかった。視線で察したのか、相沢さんは「あんな事、言わなきゃいいのに」なんて言いながら、僕の股間に顔を近づけ、僕自身を口に含む。そのまま口でされて、達してしまった。それが、今から三十分ほど前の事だ。「次の土曜日、か&h






